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代物家電

SNS輪廻をまわりつつあったので解脱!

今日はお気に入りのスイカTシャツを着て出たら表参道で浮きに浮いてつらい!
これから伊勢丹行ってDVD借りて家に帰る気持ちでいるけど、このTシャツで生きていけるのかなあ。

せっかくかわいいTシャツも、着てる人の気持ちが乗っていないと恥ずかしい代物になるので難しいなあと思った次第です

人の本気のたまり場

やっと、ですが、これからララランドを観に行きます、一人で。
分不相応にも、自分に重ねて死にたくなる未来が見えるので、ハンカチを膝に置いて望もうと思います。

ただ、私はたいていいいと言われている映画を観ていつも違和感を感じるめんぉくさいタイプのポケモンなのでどうなんだろー(具体例:風立ちぬを観て胸糞悪くてキレる)
久しぶりの映画、楽しみ。


めちゃめちゃハマったというわけではないけど、部分部分で感じ入る点があり泣いた。

やはり人の本気(監督俳優脚本などなどあらゆる人々の)を目にすると、自然と感じ、考えずにはいられなくなる。
自分に絶対気づきがあるから、映画やら漫画やら授業やら、、人の本気は、よい。

結論いそぎしゅわしゅわマン

自分の好きな人と初めて手をつないだ日、初めてキスした日、初めてセックスした日とかのすごい幸せしゅわわわぁって炭酸に飴が溶けたみたいな気持ちになる瞬間のことを思い出してつらくなってる。

そういうしゅわわわぁも時間が経つと気が抜けて、消えてなくなってく。つらい。

あの日の漫喫とか、新宿の飲み屋とか、カラオケボックスとか、そういうのが今はぶっこわれて、自分にも相手にも何も残ってないのがつらい。
私は彼らがすごく好きだったな。

これからそういう気持ちを味わうことができることなんてまあ、ないんだろうと思う。

まず世界は便利すぎるし、私は結論を急ぎすぎるし、もったいぶらなすぎるし、自分のその瞬間の欲に忠実すぎる。
ドキドキする前にやってる。で、こんなもんか、簡単に手に入るなあと思って終わり。



はたして相手が嫌な理由は、あのしゅわわわぁを味わうチャンスをくれたことよりも大きいことなんだろうか。

とにかく色々つらいな。
私にずっとおあずけをくらわせてくれている相手がこの世界に一人でもいるということが有難い。

まだしゅわわわできるかもしれないという可能性。
結局、可能性に囚われたままの大馬鹿ものか。わたくしは。

眠気に勝てない人@六畳くらい

気をぬくと(というかいつも)携帯をいじって時間を無駄にするので、自分がSNSの輪廻を回っていると気付いた時には、すくなくとも二巡目くらいで気付いてブログを書くことに時間を使ってみたいと思う。


部屋に来た人にはいつも、ものがないと言われる。
たしかにわたしの部屋にはものが少ない。というかまず部屋が狭い。
自分でもどれくらいなのかよくわかってないけど、たぶん六畳か六畳ないくらいなのではないか。

それでも全然不自由なく暮らしてる。

部屋にある家具は、
ベッド(無印の安いやつ)
テーブル(実家にあった使われていない折りたたみのテーブルを持って来た)
丸いテーブル(亡くなったおばあちゃんのお下がり。亡くなった家の片付けを手伝いに行った時に見つけて一目惚れしてゆずっていただいた)
長い棚(本などを置いている)
だけだ。

大きい家具には基本的にこだわりがないけど、小物には結構こだわっている。

うさぎの絵(北村直登さんの作品。伊勢丹で買った)
時計(KINTAさんの作品。益子の陶器市で買った)
カレンダー(障害者施設の人の作品。3331で買った)
うさぎのお面(クリスマスなどの装飾の卸の人から、アッシュペーフランスのマーケットで買った)
キリンの置物(尾道のフリマで買った。もともとキリンマニアの人が持っていたらしい)

等々。

そろそろ眠くなって来たから我が家の紹介を終わる。

言いたかったのは、なにもないけど、そこにあるものにはこだわっている部分があるからその部分に気づいて欲しいな、ということでした。
ちゃんちゃん。

馬鹿みたいだ

なんのために生きてるのかわからない。

なんのためにつらいことしてるのかわからない。

いやな気持ちの連鎖で全部辞めたくなる。

なんで私がこういう気持ちになるんだろう。

世界はおかしいなあ。おかしいことばかりだ。

ちゃんとやればやるほど馬鹿を見るなあ。

全部馬鹿みたいだ。

170116-白洲正子ときもの 感想

習い事で一緒の人がくださった。
会場は松屋銀座8階。会場の出口付近に物販スペースがめっちゃ広くとられていた。

・江戸時代でも蛍光ピンクの糸をつかった着物があって、こんな色のがあったんだー&こういう色出せたんだと思った

白洲正子の着物がいい意味で地味なものが多くて(紺とかベージュ?とかが多い)今までの着物のイメージが変わった。特別なときに着るものではなく普段着として着てたんだということが分かった。

・おしゃれな人っていうのは気張ってなくても派手じゃなくても、なにかいいなと印象に残るような独特さがある人よ、的なことが書いてあってですよね!と思った。

・私はおしゃれとは「形容できなさ」「型にはめられなさ」だと思う。ラベルをつけられないけどその人らしいのが私としてはおしゃれだ。

大切な箱

自分の好きだった人が違う人とクリスマスにご飯に行った、みたいなの聞いて衝撃を受けて悲しい気持ちになってしまう私ですが、

まず、私は価値がないオブ価値がない人間なので傷つく資格がない。むしろこういう雑な扱いをされるのが最高にちょうどいい人間なのだということを忘れてはいけない。

そして「一度そういうことをする人は何度だって同じことを繰り返す」のだと。
私のナイスビッチな友達が教えてくれた賢者の知恵なんだけど、そうだよね。と思う。
一度私にした人は、一度誰かにした人は、何度だって同じことをする。


想像力はくそだ。

相手がいまどこで何をしているのか、おそらく七割くらいの精度で予想することができてしまう。

相手がどういう表情でどういう仕草でどんな風に期待を持たせるのか分かってしまう。

どんな風にセックスしてどういうこと言うのか分かってしまう。


私はここではないどこかに自分の大事なものを入れる箱を作らなくてはならない。
そうでなければ、いくら私に価値がないからといってそんな毎日は辛すぎる。