こんにちはきいろちゃん

さよならみどりちゃん」(南Q太)を読んで、久しぶりにこころをグッサグッサグッサグッサ、アイスピックと鋭利なシャベル(なんじゃそりゃ)でほじくり返されまくって

もはや胃液がせり上がってきて、

うわーーーーーとなって発狂している。

ひ、ひ、ひ、ひどいよ。

なぜか、ユタカがみどりちゃん(スナックの方)がAV出てたと分かって笑いながらディスってるシーンが一番胃にきた。

この人、親から、まわりの大人から、呪いをかけられてるから、お母さんが愛してくれなかったから、すべての女に逆襲してるんだな。

なんども、お前妊娠しねーの?って聞くシーンも最高に胃液がせり上がる。

妊娠した女を、子宮の中の命を、テキトーに扱うことが、ユタカの一番の逆襲なんだ。自分を一目見にさえこない母親と、呪いの言葉をかける愛人と、自分を愛してくれなかったバカな女たちと自分を愛してしまうバカな女たちに対する。

ユタカは自分がクソなのは親たちや母親たちのせいだと思ってて、同じくクソ野郎たちに虐げられた顔も知らない妹に希望を持っている。

その女のコも、自分と同じように愛する気持ちが損なわれてて、簡単に男の子を傷つけて、ちり紙みたいにポイと投げれるような人間に、親からされているだろうと共感し、同情し、希望を持っている。

俺は、俺たちは仕方ないんだ。被害者なんだ、と思いたいから、クソミソな妹がいることは大切。

ユタカは主人公に妹を重ねてた。

ユタカがテキトーに扱ってもとくに文句も言わず、ユタカに執着したり、大事にしたりする素振りも見せず、自分の友だちとヤッて、クラブでホステスやって、夜の街で会った男とヤる。

一見クソみたいな主人公に、自分を重ねて、俺たちは一緒だ。一緒だよな。と妹を投影して、共感と救いを求めてる。

だから最後の主人公の告白はユタカにとって地獄だ。私はあなたとは違う。あなたとは違って人を好きになれる。人を思って泣ける。ずっとずっと、あなたとは違ってあなたのことが好きだった。

仲間だと思おうとしていた主人公も自分とは違う人間だった、愛を知ってる人間だった、妹はいなかった。自分はどこまでも一人で、愛されていなかったのは自分だけで、その気持ちを誰とも共有できない。自分は誰のことも愛せない、圧倒的に、一人だ。

主人公の告白は悲しい。ユタカのでかい背中も悲しい。

悲しい。




(日記タイトルの500日のサマーでも意識したのかな?感はスルーする方向?)