錆だらけの重し

なんか、いろいろ考えたい気がするけど寝る!


ほんと、自分にとってはなぜ感動したのかなぜ違和感を感じたのかなにを教わってどう思うのか、考えることが一番の癒しで落ち着くなと思う。
感情にことばを与えてあげることが一番好きだし、これはたしかに下手すると睡眠時間をとるよりも安まる。

ぐるぐるまわった感情には定期的に自分の力で答えをあたえてあげないといけない。数日まわると何事もなかったかのように消えてしまうから。
水族館のマグロと違って気が長くないんです。感情は。

自分が全部悪いとわかってしまうからいろいろやって、やったあとに反省して沈んで、でも沈むの意味ないから「前向き前向き前向き!」と思ってがんばって洗脳しようとする自分を(で、たいてい失敗する)

わたしはいやらしい人間だ。質が悪いと感じることが日に一度はある。
これは言わないほうがいいのでは、と思っても言ってしまうことが日に一度はある。
そんなエゴがわたしの評判を2ミリずつ壊していって、どんどん穴が広がって、ふとしたときに十円玉だと思ってた自分が五円玉になってることに気づいたりする。

自分の好きな人を好きと言ってる女はどんなやつでも嫌いだし、自分の好きな人が評価している女ならなおさらだ。
ただ、わたしは客観性の生き物なので、一度は相手の女を嫌っても、少しするとそんな汚い自分を恥じて、客観的視点で、むしろ罪悪感の分やや上乗せした評価のもとに相手の女を褒める。

わたしは、わたしは、客観性ばかり高くて自分のほんとの気持ちをタコ糸でぐるぐる巻きにして生簀の中に沈める、ご縁のない五円玉のような女だ。もうきっと、五円玉ですらない。五円玉の穴のような女だ。つまり、なんでもない、なんにもない、無。

わたしのほんとの気持ちは、気の長いマグロたちの下で海底に沈み続けて、タカアシガニとかにも通行の妨げだと思われて、迷惑かけて。ただただ錆びついていくの?

客観性があるせいで、だいじなものをなくしてしまうのかもしれないと、感じながら、ちょっと見ないふりして生きてる。
いくら可能性をつぶしたと言ったって、漫画を返してもらわないわたしはいつまでも可能性のタコ糸に縛られた、どこにもいけない錆だらけの重しだ。



おやすみ。