いかったら負け

今度は「自分が悪いのではないか」という気持ちになり始めた。

美容院で三時間待たされるのも、サンドウィッチ屋でわたしのオーダーだけ忘れられて40分待たされるのも、誰からも褒められないのも、
全部わたしの側の問題なんじゃないかという気がし始めた。


「待たされること」のなにが心を乱されるのかと考えて(今日サンドウィッチ屋で待たされてる最中に)

やはり、自分が「尊重されていない」ことがはっきり分かってしまうからだと思う。


ほかの客たちとの比較の中で、自分だけが忘れられて、後回しにされて、見ないふりされているという(風に思える)状態に、私は寛容でいられない。
相手の都合で、わたしは目の前にいるのに、いないみたいに扱われるとすごく傷つく。ここでも私は尊重されていないんだ。と思う。


最近この、忘れられる 頻度が高まってるんだけど、それは偶然実数が増えてるのか、それとも感じる側の私の神経が過敏で、他者に対する許しのハードルが上がってしまっているのか…

元来私は、店員などの赤の他人に対してかなり寛容だ。相手に何かを期待していないし、自分が正当に扱われるに値すると考えていないから。

私が客としてお金を払っていたとしても、相手には下から下からコミュニケーションで。
ベースが卑屈だからこそ、失礼なことをされてもシニカルに笑って驚いて受け流せる度量があった。

それがいまは、相手の非常識、失礼さに対して笑うことができない。普通に怒ってしまう。

この世界はおもしろくて、何をされたとしても、はじめに怒った側がちょっと非常識な変な人、悪者、になる。
やらかした側はその瞬間、被害者になり「災難だったね」と言われる。



つまり、先に感情を出した方が「攻撃者」「異物」として扱われる世界ということだ。
この世界では何をされても黙って受け入れて、あとでちょっとTwitterでおもしろくグチってみたり、無害な友人にこぼす、くらいが正解ととらえられる。


つまり、
神経過敏ですぐ泣いたり怒ったりするわたしはこの世界基準でオカシクて異物でやばいやつだけど、
感情を出すことが狂いを意味するこの世界も、そうとうやべえぞ、ということです。

私は私の中で悪くないし、私は少なくとも私だけはすべて自分が悪いんじゃないか?なんて思ってはいけない。

私は、悪くない。 感情があるだけだ。